冬の「むらたび」で伝統行事に活気 / 雪に負けず子供たちの笑顔弾ける
「おんべ」では、こんな小さな子も朝早くから頑張る
1月9日午前3時、空には、くっきりと冬の星座がまたたいている。長野県の最北端、栄村の箕作(みづくり)集落。今年の雪は、このあたりにしては少なめで、まだ1・5㍍ぐらいしか積もっていない。でも、気温は間違いなく氷点下。凍てついた氷の道をパリパリと踏み割って、集落の高みにあるお寺の門前に、子供たちが集まってきた。総勢20人ほど。上は中学生から、下は父親に手をひかれた2歳になるかならないぐらいの幼児まで、全員が男の子。集落の伝統行事、道陸神(どうろ
くじん)の口切り、「おんべ」がこれから始まるのだ。
▪家々を巡る「おんべ」の行列▪
道陸神は、一般的には「どんど焼き」と呼ばれ、しめ縄やお飾りを燃やす子供の祭りだ。本来は1月15日の小正月に行われるが、このごろは、学校が休みになる成人の日があてられることが多い。「おんべ」とは、正確には先端に神様の顔を描き、短冊に切った白い和紙を房のようにしばりつけた長さ1㍍前後のクルミの白木の棒のこと。これを子供たちが1本ずつ持って、各戸を巡る。家の門口で「だせ、だせ、だせ、だせ」と掛け声を張り上げながら、「おんべ」で梁(はり)や壁、土間をつつく。家の中の災いのもとをすべて外に出せという意味だという。
50軒弱の集落を順々に回って歩く途中、とある1軒で「嫁つつき」が行われた。この1年で嫁を迎えた家の新婦が、布団をかぶって「お
去年集落にやってきた「新婦」に祝いの「嫁つつき」
んべ」で背中をつつかれる。新郎は外で、大人たちに胴上げされ雪の中に放り出される。「婿投(むこな)げ」だ。新しい住人を清め、この地に居ついて、丈夫な赤ちゃんが生まれるようにと祈りをこめる。
▪村の「ええとこ探し」から▪
「今年のおんべは子供が多くて、にぎやかでよかった。でも、本当は、ここの集落の子供は数人だけなんだ」。集落の長老がやや複雑な胸の内を語る。高齢化と過疎化。人口2300人余の栄村も例外ではあり得ず、このところ毎年平均40人近く人口が減少し続ける。児童や園児も減っている。今年は、適齢の男の子が少なくて、「おんべ」ができるかどうかすら、危ぶまれた。そこへ助っ人でやってきたのが、地域起こしのNPO栄
道陸神では縁起物のミカンやお菓子がふるまわれる
村ネットワークが仕掛けている「むらたび」の参加者だった。
「むらたび」は数年前、村の40代、50代の10数名が、箕作の公民館に集まったのがきっかけで生まれた。「観光で地域活性化といっても、俺たち自身村のことをあまり知らないのじゃないか」。仕事と地域の共同作業に追われるこの世代は、普段は足元を見つめる時間的余裕があまりない。そこで意識的に始めたのが、村の「ええとこ探し」。栄村ネットワーク理事で京都精華大学の松尾真さんを中心に、月に1回、朝から弁当を持って集まり、軽トラで村内を回る。山間の棚田に落ちる夕日の美しさ。水源から集落へ巧緻に築かれた灌漑(かんがい)水路。埋もれていた古道・志久見街道の整備。新たな観光の材料探しは、同時に、村の暮らしの見直しだった。たまたま栄村が「にほんの里100選」に選ばれた時期とも重なり、何十年も見慣れてきた景色や生活習慣をベースに、自分たちで手づくりする「むらたび」観光が始まる。
古道を歩きながら山菜を採る春の旅。ブナ林や棚田の散策と川での水遊びは夏の楽しみ。秋は地元の人だけが知っている紅葉スポットへ。村人が、農作業や仕事の合間を縫って、ガイドに出る。少しずつ、さまざまな「つて」でやってきた都会の人々が、栄村の暮らしに感動して帰ってゆく。
そして、冬。昭和20年に7㍍85の積雪を記録した栄村。12月から、遅い時は春の連休前まで、分厚い積雪に埋もれる。一晩にメートル単位で積もる雪、屋根の雪下ろし、早朝の道路で轟音を響かせる除雪車、飯山線の車窓から見る雪景色……雪の下で、ただ息をひそめるのではなく、これらを「資源」として積極的に活用できないか。
▪外とのつながりから将来を▪
冬の「むらたび」こそ、栄村のこれからにつながる。そう松尾さんが考えているとき、箕作集落から、「おんべ」に参加する男の子の助っ人を、というSOSが聞こえてきた。地域の祭りの一部を、外部に開放しようという英断だ。「これは、目玉になるかもしれない」。男の子と付き添いの大人を対象に「村の伝統行事に参加の旅」が、急遽(きゅうきょ)募集された。応じたのは、これまでも田植えや雪遊びでしばしば栄村を訪れたことのある、東京の東大駒場地区保育所の卒園生たちだ。
小学2,3年の6人と保護者4人。子供たちは、「若衆宿」の伝統にのっとり、親と離れて集落に「民泊」。地元の中学生の指導で、早朝から「おんべ」を振るって大声を張り上げ、道陸神で撒(ま)かれる縁起物のミカンやお菓子を懸命に拾い集めた。民家のこたつを囲んで、干し芋や山菜の煮物、干し柿、おはぎなど、手作りのお茶請けをつつき、スキー場では思う存分雪遊び……一行は冬の栄村を満喫して帰って行った。
各地に散っている村出身者の子弟も参加して、今年の「おんべ」はそれなりのにぎやかさが戻った。農事の歳時記と実際の暮らしのずれから、土地の人にとっても意味が薄れつつあった地域の伝統行事が、外部とのつながりを通して見直された、と言えるかもしれない。2月の「むらたび」には、東京の旅行社が募集した団体もやってくる。雪が解けたら、村を流れる千曲川でラフティングを始める企画も進行している。伝統の暮らし、自然を生かした「むらたび」が、やがては地域の過疎化にブレーキをかけることを、松尾さんは願っている。
「むらたび」への参加申し込みや問い合わせは「栄村ネットワーク」(電話 080-20 2 9 -0 2 3 6、FAX0 2 6 9 -87-2131、〒389-2702 長野県下水内郡栄村大字北信3950-5)へ。
(グリーンパワー2011年3月号から転載)