トータル林業のネバーランドに / 村民自治の「木の駅」が始まる
長野県の最南端に位置する根羽村。愛知県の豊田市や岐阜県の恵那市に接し、三河地方を潤す矢作川の源流地域だ。面積89・93平方㌔㍍、人口は1000人余り。近くに鉄道などの公共交通がなく、隔絶された山里の趣だが、林業関係者の間では、先進地としてつとに名高い。年間降水量が2000㍉以上、村の92㌫が森林に覆われている。ほぼ全戸が山林の保有者で「親が植え、子が育て、孫が伐(き)る」という代々受け継いできたやり方で、美林を蓄えてきた。1914(大正3)年には、矢作川から取水する「明治用水土地改良区」(愛知県安城市)が、根羽村に水源林427㌶を取得するなど、流域の人々も水を確保する運命共同体となって森を大事にしてきた。
山から消費者まで
現在、根羽村は1村1森林組合。組合と役場は表裏一体で「トータル林業」を推進している。伐採から丸太を生産する1次産業、住宅用材として加工する2次産業、材料を住宅建設現場などに流通させる3次産業と、これら全てを村内で賄うのがトータル林業だ。山から消費者までを直結させることにより、途中のコストを削減し、雇用の増加と森林整備の推進を実現している。高性能林業機械で集約化された施業と、大型木材乾燥装置を備えた村営の製材所で、住宅の建設に合わせて材料を整えられる。
芯の部分が美しい赤みを帯びているのが特徴の「根羽スギ」は、「根羽ヒノキ」とともに県の認証材。組合ではモデルハウス「杉風(さんぷう)の家」を建てたり、長野、愛知、岐阜3県の住民が根羽スギ・ヒノキを使って木造住宅を建てる場合、柱材50本をプレゼントするなどのキャンペーンで普及を図ってきた。製材所の年間売り上げは99年度の8000万円台から現在は2億円前後にまで増え、林業の積極的な展開により、20〜40歳代のIターンUターン者が100人以上となっている。
ところが、それでも村の高齢化、過疎化の流れは止まらない。自然減などで人口は40年間で半減、高齢化率は50㌫近くで、村内の店舗も元気がない。こんな状況を打開しようと最近始まったのが「木の駅 ねばりん」プロジェクトだ。
推進者が足元で企画
「木の駅」プロジェクトは、高知県仁淀川町の「NPO法人 土佐の森・救援隊」の試みを原型に、岐阜県恵那市で手法の標準化が図られ、ここ数年で鳥取県智頭町など全国20数カ所に急速に広まった。不揃いな林地残材や間伐材を、地域の商店でのみ通用する地域通貨で、相場より少し高めに買い取る仕組み。軽トラックとチェーンソーがあれば、誰でも気軽に木材を出荷でき、地域で使える小遣いを得られる一方、森の整備と地域の元気につながる。
基本的に中学校区ほどの広さを単位に、実行委員会を作り住民が自主的に運営する。高めに買うための資金は、寄付や助成金、森林環境税など、多様な方法で補う。
「木の駅」プロジェクトの推進者、「NPO法人 地域再生機構」の地域再生マネジャー・丹羽健司さんは、矢作川水系森林ボランティア協議会の代表でもある。いわば足元にある根羽村でのプロジェクト展開にあたっては、「木の駅」に組み合わせて、地域再生へ向けたプラスαの企画を用意した。
新たな企画の内容は、暮らしの知恵をすくい上げる地元学や、村の暮らしの聞き書き、村にある資源の洗い直しと小規模ビジネスの構築など。今年の春から地元林家を実行の軸に村役場と調整し、大久保憲一村長の決断もあって、導入が決まったという。地元のキーパーソンによる実行委員会が短期間で形成され、村民の自主的な活動と村・森林組合の協力体制ができた。
住民参加の討論により、「木の駅」プロジェクトでは、事業名の「木の駅 ねばりん」、地域通貨の「ねばね森券」、通貨単位「1カエル=500円相当」などの内容が決められた。地元学ワークショップや聞き書き塾、水源の森の上・下流交流イベントなどの企画の実行組織も結成され、それぞれ活動を始めた。
森林組合の仕事を補完
9月には「木の駅 ねばりん」のマニュアルができ、出荷と地域通貨発行のリハーサルには、予想以上の人数が集まった。聞き書き塾も、信州大学の学生や各地からの参加者が、村の中核林家から聞き取りを開始。いずれは聞き手に、Iターンの村民や、村のお嫁さんなどを加えて、村の文化の継承を目指したいという。
10月6日からの「木の駅」の出荷本番に向け、木材を受け入れる土場の準備も整った。集荷材は乾燥して薪にし、再来年完成予定の村立特別養護老人ホームで、ボイラーの燃料に使用する予定。将来は、薪を加工する会社組織を立ち上げ、雇用創出につなげたいという。
「木の駅」プロジェクトには、森林組合の施業から外れている林地残材や間伐材を生かし、「トータル林業」を補完しながら、より一層森の整備を進めるという効果が期待できる。森林組合では、作業地の残材・未利用材の「木の駅」への持ち出しに協力し、山主との交渉も引き受けるという。
「村の人たちも、こんなにさまざまなことが自分たちで決められると知って、改めて、森や地域へ目を向け始めた」と丹羽さん。関係者の歯車が噛(か)みあって仕組みが動き出せば、根羽村は「住民の自治を核に人口のV字回復を成し遂げたドイツのレッテンバッハ村のようになる」と期待する。
試みの目指すところは、村民が日々の暮らしやコミュニティーを見つめ直し、誇りと希望を持って住み続けられる「ふるさと根羽村」を築くこと。「ねばむら」転じて、名作「ピーター・パン」に出てくる、永遠に年をとらない「ネバーランド」の実現だ。
(グリーンパワー2013年11月号から転載)