「結」の精神息づく 棚田の里
地区を貫く県道から細い道に入り込むと、ひなびた古刹(こさつ)や石造りの庚申塔がいくつも残っている。海からき揚げた神像をスギの葉を敷いて祀(まつ)ったという伝承が残るのは杉山神社。その脇を抜けていくと、裏の斜面に首都圏では珍しくなった棚田が見えてくる。
今もこの棚田で米作りを続けるのは、近くの農家3軒だという。6月初めの田植えや真夏の草取り、秋の稲刈りなど、忙しい時にはボランティアの人々も加わる。地域で作業を助け合う「結」の精神が今も息づく。ボランティアグループ、葉山山里会の会長を務める角田輝男さん(70)は「自宅は海の方だが、仕事で山へ来るようになって棚田の美観に出合い、次世代へつなごうと思った」と話す。仲間を募って始めた活動は、もう10 年を越えた。
「今年の田植えは25 人ほど集まって1日で終わった。とても順調でした」と笑顔をこぼすのは、3年前に勤めを辞めて農家を継いだ永津政彦さん(60)。父の和夫さん(85)に教えを乞いながら、「先祖のやってきたことを、自分も続けようと思った」と語る。
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ここはブランド牛の一つ「葉山牛」の産地でもある。石井義房さん(78)の牧場では、黒毛和牛に発酵させたごはんを与えるなどの工夫で、葉山牛を育てている。棚田のわらの一部はこうした牧場で飼料や敷きわらになり、牧場でできた堆肥は再び地域の農家へと循環活用されてきた。「地元から入手できるわらはほとんどなくなった」そうだが、堆肥の多くは今もトラックで近隣のダイコンやャベツ、スイカなどの畑へ運ばれ、農家の野菜作りを支えている。
湘南の海に近い立地が人気を呼ぶのか、周囲の宅地化は少しずつ進んできた。農家が耕作を諦めたり畑に転換したりして、棚田も少しずつ姿を変えてきた。里山の趣と農業を守る新たなしくみづくりが、ここでも模索されている。
(グリーンパワー2014年8月号から転載)