谷戸の管理は2000年来の伝統農法 / 都市と農業の共生を探る取り組み
谷戸(やと)の田んぼにかすかに消え残る雪が、夕日を反射して白く輝く。美しい曲線を描く畦畔(けいはん)と水路。湧水のため池。田んぼへ連なる斜面の下草は刈られ、灌木(かんぼく)の伐採が行き届いている。明るい雑木林と谷戸の伝統的景観が、時代を越えて息づいている。
地域伝来の手法で環境保全
東京都町田市北部の丘陵地帯に広がる、約36㌶の図師小野路(ずしおのじ)歴史環境保全地域。農家を中心とした地元住民による任意団体「町田歴環管理組合」が東京都から委託を受け、1996年以来管理をしている。アナガリという斜面の草刈り、田へかかる枝を払うコサガリ、
水路を造るホッキリ、くず掃き、枯損木処理など。15人の組合員が、地域伝来の農業手法で、環境保全と生物多様性の確保を図っている。
ここは「にほんの里100選」の選定作業の際に、一番初めに調査された地域。里の管理方法と、その結果としての優れた生物多様性や景観を目の当たりにできるため、選定の基準作りには最適の場所だった。
調査の時以来、5年ぶりに見る保全地域内の神明谷戸は、相変わらず手入れが行き届いて、田んぼと里山の風景が美しかった。管理組合の田極公市(たごくこういち)理事長は、「谷戸管理の手法は2000年来、いや3000年来の伝統農法かもしれない」と話す。
保全地域は、「東京における自然の保護と回復に関する条例」に基づき、生態系保護などを目的として78年に指定された。「公有地の拡大の推進に関する法律」を適用して買い上げられた公有地と、農家などの民有地が、モザイク状に入り組んでいる。地域内では、土地利用に厳しい制限があり、建物を新設したり宅地を造成したりする行為や、土石・木竹の採取、車の乗り入れなどが制限されている。
訪問者の増加に懸念も
ところが、近年、「にほんの里」への選定をはじめ、保全地域の生態系の素晴らしさが知られるとともに、緑を求めて訪れる人々が増え、中には、車を乗り入れたり、民有地に入り込んだり、農産物を勝手に採取したりするケースまで出ている。保全地域は、公園のようにレクリエーション利用を前提にした場所ではなく、環境を守りながら地域の人々が暮らす生活の場だ。「制度の趣旨をくれぐれも理解してほしい」と管理組合では呼びかけている。
保全地域の樹林ではこの1~2年、何本かのコナラの大木が幹の半ばから折れている。「近年、山が荒れている、動植物の密度が下がっている、との実感がある。外部からの圧力ということもあるのではないか」という懸念も感じている。
冬場は、谷戸管理の年間計画を確定する時期。山を荒らさないためにも必要な管理作業を漏れなく組み込みたいと知恵を絞る。
1月に埼玉県川越市で開かれた「『農』と里山シンポジウム」で、基調講演者の後藤光蔵・武蔵大学教授が最近の都市農業をめぐる状況の変化を報告した。都市農業や農地は、都市計画法により長年にわたり、消滅に向かう経過的な存在と位置付けられてきた。そのため市街化区域内農地への宅地並み課税や農地転用手続きの簡素化が図られてきたが、いま、その流れが大きく変わりつつある。国土交通省社会資本整備審議会の「都市計画制度小委員会」は昨年、「都市と緑・農の共生」を目指し、農地は「食料生産地や避難地、レクリエーションの場として一定程度の保全が図られることが重要」との中間とりまとめをした。
背景には、転換期を迎えた都市の姿がある。日本の総人口は2004年にピークの1億2784万人を記録し、2050年には約3300万人減の9500万人余になると見られている。そして同年には人が住まない無居住化地域が国土の2割を超えるという。農水省のまとめでは、現在すでに3大都市圏の空き地面積は2万4000㌶で、同地域の生産緑地面積を上回っている。
総理府などの「国民生活に関する世論調査」では、都市生活の中で豊かな自然環境とのふれあいを求める住民の意識はさらに高まっており、その点からも都市農地を、あって当たり前の安定的な土地として利用してゆくことが求められている。
荒れ地の整備も手がける
「町田歴環管理組合」では、この10年ほど、都や町田市とともに、保全地域内の土地を使って、都民のために環境保全学習講座を開催してきた。その中で育ったボランティアグループ「NPO法人まちだ結の里」などとともに、現在、保全地域の外側にある奈良ばい谷戸で、景観回復作業に取り組んでいる。その一部は電鉄会社などが住宅開発のために取得したが、結局利用されずにいた土地。ここ数年の作業で、荒れていた谷戸は、見違えるように整備された。訪れた2月の初め、冬晴れの空の下、「結の里」の20人余のボランティアが、竹炭をつくる作業に精を出していた。
今後、都市部で農地の保全とともに、無居住地や空き地の、農地・山林としての整備・再利用が必要となることが想像される。
図師小野路歴史環境保全地域の取り組みは、結果として、その動きの先端をゆくものかもしれない。
(グリーンパワー2013年3月号から転載)