野生動物と共生する最前線 / 獲りながら守るマタギ文化
5月の半ば過ぎというのに、新潟・山形県境の飯豊(いいで)連峰の山々には、白く目を射るような残雪が残り、集落を流れる玉川の河原には、捨てられた雪が山をなしている。飯豊連峰と朝日連峰に挟まれた山形県小国町。その南西に位置する小玉川地区は、山とブナ・ミズナラ林とに囲まれた約40軒、120人の集落だ。今もマタギの文化が残る。
自然に鍛えらえた知恵
マタギのリーダーで、クマを狩る指揮を取る「ムカダテ」と呼ばれる役割を長年務めてきた舟山堅一さんは、今年のような異常な冬は「60年来経験したことがない」と言う。もともと雪は多い地域だが、今冬は4㍍50㌢も積もった。寒さが続き、春の雨が少なく、山の上から下まで雪が残って、雪崩が猛烈だった。4月には、今度は急に暖かくなって、ふもとから山奥まで木の芽が「一斉にほうけた(芽吹いた)」。「(木の葉で)山が見えない」「クマが見えない」状態で猟にならなかったという。5月4日、地元恒例の「熊まつり」を開催する前々日に、やっと1頭獲(と)れ、なんとか形がついた。
長い年月、このような厳しい自然の営みに鍛えられた人々の知恵が、地域の暮らしを支えてきた。「昔は、4月のクマ狩りが終われば、山菜採り。夏は川狩りで、サクラマスを追う。秋はキノコ採り、11月になれば罠(わな)でクマを狙う。12月になると、ウサギ、タヌキ、イタチ、テンなどの小動物を獲ったものだ」と言うのは、小玉川にあるマタギの郷交流会館・前館長で地区総代の伊藤良一さん。
マタギのクマ狩りは、もともとは10人から15人以上でおこなわれる。追い上げる勢子(せこ)役、待ち構えて銃を撃つ役、全体を見渡す指揮役などに分かれて山へ入る。しかし、高齢化などでマタギの人数が減ったのと、連絡に無線を使い、銃の性能も上がったため、最近は7、8人で出ることも多いという。それでも基本は変わらない。マタギは、山中で統制のとれた行動をするため、山々の名前と地形を熟知していなくてはならない。クマを追い始めたらいつ終わるかしれないので、食料と火種を切らしてはならない。暗くなっても1人で山から帰ってこられなくてはならない。
一人前になるには10年はかかり、小玉川にはいま15人ほどマタギがいるが、30代、40代までの若手は3人、主力は60、70代という。
地域おこしの新しい軸に
伊藤さんは、小玉川にある森林セラピー基地「ブナの森 温身(ぬくみ)平」の森林セラピー・アテンダントミーティング会長も務める。ブナとマタギの文化、それに温泉が評価されて、全国でも5本の指に入るセラピーの優秀基地とされている。ちなみに、現在の遊歩道は、かつて、マタギが歩いていた「けもの道」だという。
集落にある国民宿舎・飯豊梅花皮(かいらぎ)荘(0238・64・2111)は、飯豊温泉地域の宿泊の中心施設の一つだが、副支配人で料理長の舟山真人さんは今年からムカダテになった、マタギの中堅だ。期間中ほぼ毎日猟に出た。
森林セラピーのお客さんの定宿の一つ、泡の湯温泉・三好荘(0238・64・2220)。跡継ぎの若主人・舟山隆さんは、まだ30代の、地区最年少マタギだ。9年前に山形市から地元へ戻ったところ、まずマタギになれと勧められたという。以来、舟山堅一ムカダテの後ろについて見習いを始め、大まかな流れをつかんだ後には鉄砲場にもつき始めた。まだ仕留めたことはないが、銃のかなたに初めてクマを見かけた時は「本当にこんなのがいるんだ」と、驚いたという。
この季節、飯豊の宿では、獲れれば熊の肉はもちろん、アイコ、シドキ、ドウナ、イイデアザミなどといった、この土地らしい山菜が、食膳をにぎわす。
山の中腹に、斜面が一面に黒くなっている場所がある。5月の半ばに山焼きをした跡だ。これもマタギの生活の知恵。山火事の延焼を防ぐとともに、地熱が上がり、跡地にワラビやゼンマイがたくさんはえてくる。観光ワラビ園として公開もされている。
この山焼きを、協力者とともに体験交流ツアーに仕立てたのが、地元の発電所長の本間正美さん。雪解け水が多く発電に適していたため、小国町には、戦前から電機関係の工場があり、地域産業を支えていた。その工場も縮小して、本間さんは新たな地域おこしに加わった。ここ7年、「熊まつり」の実行委員長を務めている。山焼きツアーは「炎が斜面を駆け上がる爽快感と、夜のマタギとの懇親会が好評」で、県外から来る常連のお客さんもいるという。
人と野生とのはざまで
今、日本中の山間地で、動物と人との関係が難しくなっている。農水省の『食料・農業・農村白書』(2009、10年度版)によると、農作物に被害を与える野生鳥獣の生息域が広がっている。被害額は09年度で21 3 億円、10年度で239億円。被害面積は年々1割近く増えて、11万㌶。獣類による被害が8割で、鳥類が2割。獣類の被害の内、イノシシ、サル、シカによるものが9割を占める。クマによる人身被害も、10年度に145件と増加傾向だ。背景には、農村の過疎化や高齢化による狩猟者の減少、耕作放棄地の増加、里地・里山や森の荒廃が挙げられている。小玉川でも、マタギの人々は口々に「狩猟免許と猟銃の許可の更新が大変」といっている。高齢者で、それを理由に銃を置く人もいるという。
だが、狩猟には人と野生動物とのバランスを調整する意味合いがある。小玉川ではマタギの目が地域を守っている。実感として「クマは増えている。奥山に入らなくてもすぐ近くの里山にいる」が、「ここでは人を恐れて家の近くにはめったに出てこない」という。シカ、イノシシは雪が深いためいないが、サルはいつも子連れで増えている。有害鳥獣駆除で年間決められた頭数を捕獲するが、「なかなかサルは撃てない」そうだ。「必要最少限しかとらない節度あるマナー、年齢に関係なく相手を思いやる連携」、それがマタギの本質だと、若い舟山隆さんも言う。
(グリーンパワー2012年7月号から転載)