水郷の農地と「重要文化的景観」 / 営農組合が「楽しく」保護活動
昭和の初期のころまで、琵琶湖の周辺には湿地帯や内湖と呼ばれる浅い湖が数多くあった。琵琶湖への風や波の作用や流入河川からの土砂の堆積によりできたとされ、ヨシが茂り、在来魚の生息場所になり、水鳥の渡りの中継地として重要な役割を果たしていた。ヨシは、屋根をふいたり、すだれ作りなどに利用された。湖中に石垣を築き土を盛り上げ田んぼにして田舟で通って耕作するような、水郷地帯ならではの暮らしの営みと景観が形作られていた。
湖中の水田「権座」
滋賀県などが編集した『琵琶湖ハンドブック』によれば、内湖は大小四十数カ所、総面積29平方㌔㍍に及んでいたが、琵琶湖の治水・利水事業や、第2次大戦後の食糧増産のための干拓により、現在は23カ所、総面積約4・25平方㌔㍍に減少したという。しかし、それでも琵琶湖周辺のヨシ群落の60㌫が内湖に分布しており、水辺生態系の維持に大きな役割を果たしている。
琵琶湖東岸、近江八幡(おうみはちまん)市の北部に位置する白王町(しらおうちょう)には、内湖の一つでラムサール条約登録湿地でもある「西の湖」が残り、今では日本で唯一とされる湖中の水田「権座(ごんざ)」が健在だ。2006年には、水辺の集落や里山のたたずまいが、「湖国の原風景」を思わせるとして、全国で初めて文化財保護法に基づく「重要文化的景観」に選定された。
白王町は戸数50戸の小さな集落。そのうちの農家40戸を束ねる農事組合法人・白王町集落営農組合の東房男代表理事は、「楽しくやることが一番大事」と笑顔を見せる。白王町では一時期、農業の後継者不足や農業機械の大型化による負担増で離農者が増えた。そのため1990年に生産組合をつくり、その後営農組合を設立、水田耕作や麦の収穫の受託作業を始めていた。「重要文化的景観」選定は、こうした地域の動きを加速し、環境を守る農業の役割を自覚するきっかけとなった。
復活した幻の酒米や伝統野菜
営農組合が中心となって開いた、景観保護に向けたワークショップに、町内の老若男女が参加して、地域の見
直しが行われた。「景観を守るのは農業の振興から」「とにかく何かを始めよう」「楽しく農業に取り組もう」。そんな合意に基づき、06年中に地域づくりのための「景観農業振興地域計画」が策定された。
地域の象徴としての権座を軸に、住民による環境保全の会「白王町鳰(にお)の会」や、地区外から募集した会員との交流組織「権座・水郷を守り育てる会」などが結成され、近江八幡市などの行政との協働、周辺地域のNPOとの連携なども生まれた。このつながりを基盤に、次々にイベントが開催された。国際シンポジウムや収穫感謝祭・コンサート、魚のゆりかご水田と魚道の設置、コスモスやヒマワリなどの景観作物の植え付け、獣害対策につながる近江牛放牧、里山再生プロジェクト……。
現在、営農組合が受託している作業は、白王町内の水
田50㌶のうち、10㌶での水稲栽培、15㌶での生産調整作物の麦と、裏作の近江黒豆、丹波黒大豆などの栽培。いずれは、全ての農地の作業を営農組合に集約し、1集落1農場経営を目指したいという。権座には、幻の酒米「滋賀渡船6号」を1・5㌶作付けし、地元の酒造会社で「権座」名の純米吟醸酒を生産している。1升瓶4000本を完売する人気だという。その他、地域の伝統野菜「北之庄菜」を復活させたり、生え過ぎて困っていた孟宗竹(もうそうちく)を、カボチャ用の棚の材料に転用してブランド化に取り組んだり、地元産の野菜や琵琶湖の魚を使った弁当を作ったりなど、多角的な試みを繰り返している。
帰ってきた兼業農家の後継ぎ
営農組合のメリットについて東さんは、「例えば大豆は、個人栽培では駄目でも、団体でコストダウンすれば成り立ちます。組合の収支はプラスマイナスゼロぐらいだけれど、組合員に配当できるので町内に〝外貨〟を取り入れることになる」と語る。「組合員は全て兼業農家。勤めに出ている若い人や女性には、休日に収穫など楽しい作業をしてもらい、年寄りは事前準備や平日の作業に回る。『百姓せいよ』ではなく、集落の現状を面白いと思ってほしい」
ここ数年で、各家の後継ぎの長男が、集落に帰ってきているという。「将来は福祉に力を入れて、老人を集落の古民家でケアできるようになりたい」と構想は膨らむ。
約2・5㌶の広さの権座には、集落の船着き場から、田舟で渡る。内湖の沖合200㍍ほどの所だが、日々の耕作に通うのはなかなか大変。大きな農業機械は、田舟を4、5艘(そう)つないで載せてゆく。権座の周囲にはヨシの群落が広がり、水鳥の羽音が絶えない。13年1月13、14日には、京都方面のボランティアを招いて、ヨシ刈りのイベントが企画された。「刈らないと環境には逆効果。お隣の円山町(まるやまちょう)に多かったヨシ業者は採算が合わず、今は2軒に減ってしまった。今回は、刈ったヨシを昔ながらのよしずにして、宇治のお茶屋さんに寒冷紗(かんれいしゃ)代わりに使ってもらうことになっている」そうだ。
営農組合は、12年11月に「田園自然再生活動コンクール・地域資源活用賞」を受賞した。前後して、「あしたのまち・くらしづくり活動賞振興奨励賞」も受賞。過去には、「豊かなむらづくり表彰事業農林水産大臣賞」や「美の里づくり審査会特別賞」も受けている。「重要文化的景観」選定以降の活動が、全国的にも群を抜くと認められている証しだ。
(グリーンパワー2013年2月号から転載)