42. 遠山郷・上村下栗

遠山郷・上村下栗(とおやまごう・かみむらしもぐり)長野県

急傾斜に昔からの作物

V字谷に数十戸単位の集落が点在。急斜面で二度芋、アワ、ヒエなど昔からの作物を作る。重文の「霜月祭り」の面や神楽も。

  • 交通:中央道飯田ICから車で55分/JR飯田線飯田駅からバスで70分
  • 特産:二度芋、アワ、ヒエ
  • 食事:村の茶屋(古民家) 0260-36-2888/お食事処はんば亭 0260-36-1005(土日営業)
  • 直売:上村農産物加工直売施設 0260-36-2210/特産物販売所くまぶし 0260-34-5605
  • 宿問い合わせ:遠山郷観光案内所 0260-34-1071
  • 関連ウェブサイト:遠山郷観光協会

※ 交通アクセスや店舗情報などは、お出かけ前にご確認ください。

※ 車ナビは、里を訪れる際の目標ポイントを数値化したマップコードで、()内が施設名や地点です。地図では★で示しました。カーナビのマップコード検索で利用できます。

42. 遠山郷・上村下栗

2013年06月13日

ルポ にほんの里100選30 藤原勇彦 グリーンパワー2013年6月号から

手づくりのビューポイントが / 年間5万人を招く観光地に変貌

 

 急斜面に張り付くような家々と畑。その間を縫ってS字を描いた細道が、山の頂へ向かっている。背景には南アルプスに連なる雄大な山々――森の中のビューポイントに据え付けられた小さな展望用のテラスから、「天空の里」とも「日本のチロル」とも形容される上村下栗(かみむらしも

ビューポイントから見下ろした上村下栗の集落

ぐり)の集落が俯瞰(ふかん)できる。 

 

CMから一気にブレーク

 

 標高1000㍍余りの急斜面に鉄骨を組んだ展望テラスは、2009年に里の住民約100人が総出で手づくりしたもの。特にアプローチの約700㍍の山道は、森の中の土木機械も使えない急斜面を、鍬(くわ)とツルハシで切り通し、伐採した丸太を使って土留めした。「集落の年寄りは、山を見ただけで、どこに道を通せばよいか分かってしまう。一緒に仕事して面白かった」と、里の30歳代の若手。土留めには、急傾斜に畑づくりをしてきた里の、土を崩落させないための伝統の技術が生きている。 

 初めは地元の人しか知らず、訪れる人もほとんどいなかったビューポイントは、「サカイ引越センター」のコマーシャル(CM)のロケ地に選ばれたのをきっかけに、「観光地」に変貌した。スタジオジブリの短編アニメ映画「ちゅうずもう」の風景場面のモデルにもなり、天空の里の景観が全国に知られるようになった。大手バスツアーのコースに組み込まれ、土日ともなれば、細い山道を通るため、麓の飯田市街で大型バスから小型へ乗り換えた観光客が、続々と登ってくる。ビューポイントから徒歩20分、地元のお母さんたちが地場の名産のソバや地域の伝統食を提供し、農産物を販売する振興施設「はんば亭」の駐車場には、県内はもちろん、愛知、静岡、東京、奈良など、遠隔地のナンバーの車両が止まっている。奈良から来た旅行グループは、「あちこち回ってきたけれど、ここの景観はケタ違いです」と、感心する。手づくりの仕掛けが、年間5万人以上の観光客を招く、地元民も驚くほどの集客効果を上げている。 

急斜面の茶畑に土留めの「ヨセ」が縞模様を描く

 

次々と地域おこしの仕掛け  

 

 

 このビューポイントのアイデアは、約30人の住民有志の地域おこしグループ「下栗里の会」から生まれた。会長の野牧武さんや会の中心となってきた胡桃澤三郎さんは、「自分たちができることを楽しみながらやっているだけ」と言うが、下栗では、ここ数年、さまざまな地域おこしが花開いている。03年に、はんば亭の経営を研究するために発足した里の会は、特産、文化環境、交流の3部会に分かれて活動している。特産部会が仕掛けたのが、「下栗イモ」のウイルスフリー化。南アルプスの山懐で、周囲と隔絶した山村だった下栗には、ヒエ、コキビ、タカキビなど在来種の雑穀や野菜が残っている。形が小さく身が締まって味の濃いジャガイモの下栗イモは、江戸時代から伝わる在来種といわれているが、長年の自家増殖などのためウイルスに侵され、収量が上がらなくなっていた。そこで、信州大と協力してウイルスフリーの種イモを、汚染されていない地域外の畑で栽培し、12年までに里の全戸に配布した。ウイルス汚染が解決され、在来種の保全と収量の増加が見込めるようになった。下栗イモの田楽は県の選択無形民俗文化財で、はんば亭の人気メニューでもある。 

 ほかにも景観修復事業の一環として、畑の土留め「ヨセ」の資材を、県や市の予算を活用して全戸に配った。ヨセは、間伐材の丸太を畑の等高線に沿って並べて固定し、土の崩落を防ぐもので、斜度30度を超える下栗の畑の伝統技術。最終的には総延長2000㍍の設置を見込んでおり、畑に縞模様の美しい景観がよみがえり始めた。観光客の求めに応じて地元住民が有料で、自然や歴史、文化芸能、食など地元の暮らしを丸ごと案内する、「下栗案内人の会」の試みも始まっている。

ビューポイントへ続く森の中の小径を歩く観光客

 

 

里に住む楽しさを将来も  

 

 

 毎年12 月13日に行われる地元の拾五社大明神の霜月祭りは、湯を浴びて生命の再生を願う、中世以来の歴史を持つ国の重要無形民俗文化財。その笛や太鼓、舞を受け継ぐのは、若手グループ「拾五楽坊」で、10歳代から60歳代までの15人で、4年前に結成された。ちなみに60 歳代も、里では若手とされる。活動の中心を担う野牧和将さんは「人々をつなげて、下栗に住む楽しさが伝わっていけばいいなあ」と思っている。これまで地元の文化祭や祭りで披露し、中学校で生徒たちに教えながら、地域外ともつながりを広めてきた。名古屋のNPO「大ナゴヤ大学」と「共同授業」を実施し、地区外に住む下栗の関係者をつなぐ「楽坊通信」を発行。今後は、信州大学と連携した地元学講座や、愛媛県宇和島市遊子との海の段畑と山の坂畑の交流などに取り組もうとしている。 

 住民の平均年齢は60歳をはるかに超え、お定まりの高齢化や過疎化の問題は免れないが、里では、水や畑の使い方をはじめ、地域の昔からの暮らしを見つめ直そうとしている。下栗の畑は、傾斜はきついが、南向きで日照時間は長く、地味もよい。木質バイオマスの利用などによる、地場のエネルギーの開発も視野に入れている。ビューポイントのにぎわいを傍らに、「TPPで日本全体に変化が起きても、ここはここだけで暮らしていけるようでありたい」と野牧和将さんは語る。

(グリーンパワー2013年6月号から転載)

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