今も生きる里山を伐る文化 / 広葉樹の「低林施業」で黒字を出す
点在する農家の裏山が、おだやかな日差しを浴びて、遠目には、猫の和毛(にこげ)のように、白っぽく輝いて見える。栃木県茂木(もてぎ)町一帯の雑木林。近くに寄って見れば、葉を落としたコナラやクヌギの若木たちだ。一帯で15年にわたり林業普及指導員を務めてきた県自然環境課の津布久隆(つぶくたかし)さんは「このような有用種の木の純林が、茂木町の里山の特徴。針葉樹や常緑照葉樹が混じってモザイク状になるのは、本来の姿ではないのです」という。一面の若い落葉広葉樹林は、茂木町に今も「山(=森)を伐る文化」が存在する証しなのだ。
▪コナラの若木でシイタケ原木▪
昭和20〜30年代に植樹されたスギ、ヒノキの人工林が、全国でそろそろ伐採適齢期を迎える。しかし木材価格は低迷し、伐採はもちろん、手入れさえ困難をきたしている地域が多い。この林業受難時代に、茂木町には、元気な「黒字」経営の民有林があると聞いて、訪れてみた。「広葉樹林は、それなりにお金になります。ならなければ、山持ちさんも木材の生産業者もやってられなくなりますから」。スギ・ヒノキの針葉樹でなく、広葉樹による「成り立つ」林業。その仕組みを、津布久さんに聞いた。
基本は「低林施業」とシイタケ原木生産だ。低林施業は、もともと薪炭材を取るため、この地方で伝統的に行われてきた。ほぼ20年周期で、コナラやクヌギが高木にならないうちに伐採する。再生力の強いこれらの木は萌芽(ほうが)更新で芽を出し、数年で森に戻る。昭和30年代の燃料革命を経て薪炭材の需要が減った後も、茂木町では、シイタケ原木生産のために、この方法の里山管理が一定程度続いてきた。背の低い林だから木も細く、伐採後に人力で木寄せし、軽トラックなどで搬出できる。林業経営につきものの大型機械も不要だ。木材生産業者に頼んでも、経費は1㌶当たり50万円以下という。シイタケ原木は90㌢1本が150円程度。1㌶で通常5千本くらいとれるので、計約75万円になる。業者をいれても赤字は出ないし、所有者が自前でやれば、そこそこの収入といえそうだ。
▪どんどん伐る篤林家▪
近郊の篤林家のクヌギ林。「あっ、伐ってますね」。以前にいったん伐採し、切り株から萌芽更新して若木に育っているはずだった。訪れてみると、きれいにまた皆伐されている。真新しい切り株は、年輪が4つ。津布久さんでさえ意表を突かれるほど早く、たった4年で伐採されたのだ。切り株から推定して、太さは直径5㌢くらい。「菊炭用にぴったりです」。「菊炭」は茶道用の高級炭で、シイタケ原木ほどの量ではないが、茂木町のクヌギの大事な用途の一つだ。地元には今でも炭焼き組合があり、1㌔千円近い菊炭をはじめ各種の炭を生産している。菊炭の用材は、太すぎず樹皮がしっかり木部に張りついている若木が適し、90㌢1本50円ほどで取引される。地元にはクヌギの伐りごろを表す「7年で伐らぬ馬鹿、8年で伐る馬鹿」ということわざが残っているというが、上手に萌芽更新させて4〜5年のサイクルで伐れば、シイタケ原木より効率的だ。
▪強度の抜き伐りで採算▪
もちろん、茂木町といえども、すべてが篤林家というわけにはゆかない。林業者の高齢化と過疎化で、雑木林が放置され、高木・大径木になり、さまざまな樹種が混じることもある。しかし、一見、手のつけようがなさそうなそうした雑木林も、一定の条件が整えば、収支をトントンにする方法がある、と津布久さんはいう。強度の抜き伐りで、高木と低林が混じった林を形成する「中林施業」だ。
作業は森林組合や造林会社の専門技術者が、大型機械を使って行う。作業道も必要で、経費は低林施業の2〜3倍はかかるという。低林施業の林より材の量は増えるが、太すぎてシイタケ原木にはならない。製紙用チップも考えられるが、それだけでは単価が低く採算がとれない。そこからが工夫だ。
まずコナラやクヌギを、キノコ栽培の菌床チップ用として、できるだけ仕分けする。単価は製紙用チップの倍。クリやヤマザクラなどは、4㍍のまっすぐな材がとれれば、1立方㍍1〜3万円で売れることもある。その他の樹種で、家具や工芸品の用材になるものもある。肝心なのは、販路開拓だ。近県にネットワークを広げ、土地の事情に合わせた林産品を出せば、売れるはず。「森林組合に営業担当者がいると一番いいのですが」。いまは津布久さん自身が売り先を開拓し、山持ちや森林組合に紹介することも多い。
さらに決め手は「造林補助金」の活用。栃木県の場合、皆伐でなく「抜き伐り・搬出」すれば、1㌶当たり20万円程度助成されるという。有用性のある高木を残して、下層に光が当たるぐらいまで抜き伐りし、そこに萌芽更新や天然下種更新、植樹でコナラやクヌギの低林をつくる。この「中林施業」方式で収支を計算すると、当初の手入れはおおよそプラスマイナスゼロだが、数年から20年後までに低林を伐採すれば、黒字が出るという。
▪落ち葉買い上げ堆肥に▪
かさこそ音を立てる落ち葉を踏んで、コナラやクヌギの林を歩く。冬の落葉広葉樹林は明るく暖かい。光が当たる林床からは、カタクリやシュンランのような「スプリング・エフェメラル」も生えるかもしれない。楽しげに林で落ち葉掻きをする老人がいる。落ち葉は15㌔400円で町が買い上げ、堆肥にして道の駅などで売っている。老人の掻いた葉は、孫への小遣いぐらいには変わるかもしれない。これが茂木町の文化だ。
あらゆる場面で、あらゆる方法で、山の資源を収入に変える。生業のすべてを支えなくとも、一助にする。それが、山の自然と環境を守ることにつながる。「このやり方で、栃木県全体の雑木林を、手入れの行き届いた経済林にしたい」。それが津布久さんの夢だ。
(グリーンパワー2011年2月号から転載)