マタギ発祥の地 番楽を伝承
根子(ねっこ)トンネル(全長575.8m)を抜けると、根子の里を一望できる踊り場のような場所に出る。緑の山々にぐるりと囲まれ、家々が肩を寄せ合うようにしてたたずむ「阿仁(あに)根子」の美しい山里風景が目に飛び込んでくる。
トンネルは1975 年に開通。開通前は山越えの林道しかなかった。冬はもちろん、雪のない季節でも「隠れ里」「陸の孤島」と呼びたくなる集落だった。
しかし、人々は孤立していなかった。外の情報を常に取り込む旺盛な知識欲と伝統文化を守り受け継ぐ心。それらを支えたのがマタギの存在だった。
マタギは「東北地方の山間に居住する古い伝統を持った狩人の群」(広辞苑)。独特な山の神信仰とシカリ(頭領)を中心にした組織行動を特徴とし、東北の山々だけでなく、北海道や関東、北信越、中部地方まで旅していたという。阿仁根子は、根子出身のマタギが周辺村落に移り住んでマタギの技を広めたことなどから「マタギ発祥の地」とされる。
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全盛期は明治時代中頃。熊の胆(い)は「金の値段」と呼ばれるほど高く売れた。毛皮の行商などでも収益を上げ、集落を経済的に支えた。各地での見聞を伝え、里の文化水準を高めた。
しかし戦後の高度経済成長を経て生活様式は大きく変わった。ここ数年で最後のマタギも世を去り、いま約60 戸の根子集落にマタギはいない。
毎年8 月14 日の夜、地区は「根子番楽(ばんがく)」の公演でにぎわう。古くから伝わる神楽の一種で、2004 年、国の重要無形民俗文化財に指定された。根子番楽保存会が年間を通して子どもたちとともに稽古を絶やさず、次世代へ優れた伝統芸能を伝えている。
根子自治会長の佐藤哲也さん(72)は「少子高齢化は進む一方だが、住民同士助け合う山里の良さを感じながら環境と景観を守って暮らしています」と話した。
(グリーンパワー2014年9月号から転載)